福田昌史
福田昌史著「0.3 秒60 点の世界―幸せ多い国づくりへの実践―」
(全日本建設技術協会)より抜粋
著者の福田昌史氏は平成11 年に四国地方整備局長,平成13 年に水資源開発公団理事を歴任され,現在は四国建設弘済会の理事長。高知工科大学と愛媛大学の客員教授も務められている。
題名の「0.3 秒60 点の世界」は,「質問に対して即座(0.3秒)に,概ね(60 点)の回答をすべし」ということを意味したキャッチフレーズである。
土木技術官僚としての経験に裏打ちされた示唆に富んだ言葉が詰め込まれている。土木技術者の行動指針として手元においておきたい一冊である。
一読して感銘を受けた箇所,特に重要と思われる箇所を抜粋して紹介する。
■建設技術者の心掛け
① 専門的・技術的に裏付けされた科学的知見に基づき,柔軟性かつ先見性を持って物事を考え,判断すること。
② 建設技術者は質の高い経験と併せて,即時に判断するという技術力を養成することが必要。
■福田氏の座右の銘
① この世で最も尊ばれるべきことは,金を残すことでもなく,名誉を残すことでもなく,後世の人々に幸せを導く遺り物(社会基盤施設)をすることだ(内村鑑三)
② 技術者というのは,技術的判断ができるひと(岡村甫)
■目指すべき建設技術者
① 専門技術をしっかり学ぶと同時に,世の中で起きていることに関心を持ちそれに対して意見が言えるようになること。
② 趣味を持って多種多様な分野の人と交流し,人間を大きくすること。
■専門性より分かりやすさを
多くの人は,見たいと欲する現実しか見ない(ユリウス・カエサル)。
如何にして日常的な言葉や内容に置き換えて世の人々に,私たちの言いたいことや分かってもらいたいことを伝えていくかと言うことが重要。
■目的の実現と実施にあたって
物事を進めていくためには,「これまで通り」という慣性力に頼って進めていくのではなく,「選択」と「集中」を適切に使い,「スピード感」を持って進めていくことが時代の要請である。
■柔構造樋管の設計
柔構造樋管の第一号施工は,建設省が制度化していた技術活用パイロット事業として実施されたが,100名を超える見学者の目前で,ボックスカルバート間の継手部が次々と破壊されていく場面に直面した。・・・中略・・・新しい技術を確立・定着させるには必ずつまずきがあるものだから,失敗してしょげることはなく,それを乗り越えるだけの度量を持つことが肝心である。この経験は,筆者の建設技術者としてのDNA
に深く刷り込まれるとともに,後年の物事への取り組みや判断に大きな示唆を与えるものであった。
■基準,マニュアルとどう向き合うか
① 設計基準やマニュアルは,その通り実行すればある程度のことは出来るもののそれ以上のものにはならない。基準やマニュアルに完璧なものはない。
② 行うとしている設計・施工が基準やマニュアル通りで良い構造物であるか,適用しても問題のない現場であるかということが,合理的に説明できるかを判断基準にすること。
③ 新技術開発に取り組み多くの成果を得ることが出来たのは,基準は基準にあらずとして立ち向かったことが大きな原動力になった。
④ 基準やマニュアルは策定した日から常にメンテナンスが必要。策定時期が昭和40 年代,50 年代のままの基準やマニュアルに遭遇したら懐疑的スタンスに立って対処すべきである。
⑤ 現場の仕事には,その場にあった解が必ずあるので,短絡的・機械的にマニュアルとか基準に判断を委ねるのではなく,「自分ならこうする」という考えを忘れずに,絶えずその現場なり仕事なりに対して最善を尽くす姿勢を貫くこと。
■「失敗学のすすめ」(畑村洋太郎)
ある技術の成長過程において,萌芽期から一定レベルの状態に至るまでにはさまざまなことが試行錯誤され,それに追随して生産力がどんどん伸びてくる。同時に,技術の専門化・細分化が進み,枝葉の部分が多くなるため手戻りや無駄が生じないようにマニュアルや基準が作成され,一律の設計ルールのもとに技術の画一化が進み生産性を安定させる。しかしながら,作成時には最適であったものが,時間の経過とともに陳腐化したり時代変化の要請に応えられなくなったり,最終的にはマニュアル外の事象が起こって破綻を生じさせてしまう。この萌芽期から破綻が起こるまでが約30
年である。
■「理」と「情」
①「法に叶い,理に叶うとも,情に叶うものでなければ,真の地元住民からなる理解と協力を得ることはできない」(室原知幸)
②理屈だけでは解決しない問題が実社会には多数存在し,経験を積めば積むほど,高度な判断が必要になればなるほど「情(こころ)」の力を借りなければ問題解決できない局面に突き当たる。
■人ざい
人罪:言われたことも実行できずに,組織の士気低下に繋がるような人。
人在:上司から言われたことしか実行しない人であり,いるだけの人。
人材:組織の意志を理解して,直ちに組織の方針に従ってみんなと同じベクトルで仕事ができる人。
人財:瞬時に組織が抱えている問題や自らに生じている問題の本質を見極め,自らベクトルを定めて対処できるリーダー的存在で,組織においては「財産」となれる人
経営者は「ざい」のレベルを「罪⇒在⇒材⇒財」と上げて行く道筋を付けること。
■組織
① 悪い情報が入ってきたときに,悪い情報をもたらした部下を叱ることは無意味。悪い情報を最大限早く入手し,迅速に対応を指示することが大切。
② 悪い情報が入ってきたら即座にその回答を見出し,速やかに次の手を打つこと。
③ 新しい技術は失敗から生まれるもの。
④ 経営者には,部下の失敗をどのように許容し,如何にその度量を持つかと言うことが求められる。
■社会システムの転換・再構築七つの要点
① 増大社会から縮小社会への転換⇒多用尺度がもたらす幸福の実感
② 生産性優先から生活優先への転換⇒生活優先がもたらす地域の再生
③ 集中構造から分散構造への転換⇒分権行政がもたらす地方の発展
④ 物質経済から情報経済への転換⇒情報創造がもたらす経済の再編
⑤ 開発主義から回復主義への転換⇒環境回復がもたらす国土の再生
⑥ 官尊民卑から主権在民への転換⇒民間主導がもたらす社会の再生
⑦ 世界標準から固有文化への転換⇒模倣脱却がもたらす日本の自信
■地方の強さを考える
① 技術者が常に考えなければならないことは,その地方にとって真に必要なものとは何かと言うこと。全国一律の仕様に基づいた整備を進めるのではなく,その地方の実状に応じた造り込みをしていくことである。
② 「世界標準」や「画一」といった,全国一律に社会資本の整備率を上げるための旗印「グローバルスタンダード」という考え方が蔓延していたこれまでの右肩上がりの社会システムから脱却し,「地域」,「固有」,「多様」といったものへの転換が図られる中,私たち技術者は,社会資本整備においても「地方仕様」,「ローカルスペックLocal Specification」での整備を進めていくべきである。
■危機時における指揮官のあり方
① 危機時に最も重要視されるのは情報収集の迅速さであって,第一報は不完全なものであるという認識をもっておくべきであり,「何時」,「何処で」,「何が」,「何故」,「何人が」,「如何にして」など,全ての情報を完璧かつ性急に要求してはいけない。
② 優先すべきは,「何が」,「「何人が」であり,「何故」や「如何にして」などは後からでも良い情報。
③ 「準備は周到に,行動は毅然(きぜん)とすべし」(福田昌史)
④ 「単細胞動物」と同様,単純な組織構造をする組織ほど,危機時に迅速な対応が可能になる。
⑤ 「命令」,「指揮」に「朝令暮改」は禁物。
⑥ 抽象的で曖昧な指示が現場の対応を混乱させる。危機時には二者択一の「やる」か「やらない」か,「YES」か「NO」しかない。
⑦ 「検討してみる」,「様子を見守る」といったことは,決断の回避,延期,保留でしかなく,危機時における組織のトップの選択肢の中でも,不決断は誤った決断よりも罪が重い。
⑧ 決断力というものは自然に身に付くものではなく,いろいろな経験を積む,いろいろな書物を読む,いろいろな人と交流するということで得られるものである。
⑨ 決断する際に私心を入れてはいけない。私心は決断を鈍らせるだけのもので,誤った決断を導きやすい。
⑩ 自らの決断力を鈍らせるものは自らである。